【釣行記】タイラバ迷走の始まり|2026年5月8日 勝浦沖タイラバ

2026年5月8日、勝浦沖のタイラバ釣行。

結論から言えば、この日は完全なボウズだった。
アタリすらない。掛け損ないもない。
ただ竿を立ててタイラバを巻いて何も起きないという、そういう沈黙の一日だった。

しかし船全体が沈黙していたわけではない。

前方の釣り座からは次々と魚が上がる。
同じ船に乗っているのに、別世界にいるような感覚すら覚えた。

「座席運が悪かったか」

帰宅後、最初はそう思った。

3週間後、まさかの事態が待っているとも知らずに。

当日の状況

この日の天気は晴れ。久しぶりの青空だった。

朝の段階で「今日は気持ちいいな」と思える天気。
潮は小潮で、満潮から下げへと移る時間帯。
水深は50~90m。自分的には得意とするレンジだ。

「釣れる気しかしないでござる」

そう呟きながら準備を整える。

ノッコミシーズン真っ只中

そしてもう一つ、この日を語るに重要な要素がある。
「ノッコミ」
タイが産卵期を迎え、活発になるシーズンがある。
そんなノッコミ時期に突入したようで、この日の数日前から好釣果が続いていた。
連日のように日焼けした良型のマダイが複数上がっている。

つまり条件は悪くなかった。むしろ、最高のタイミングだ。

「この波に乗るしかない」

そう思い、平日にも関わらず仕事を休んで乗船したのだ。

この日の釣果

結果はノーバイト

ポイントに到着し船長からアナウンスが流れる。
タイラバを落とす。
ハンドル回転数を数えながら、狙ったタナに仕掛けを通す。

糸の角度、巻きスピード、ネクタイのチョイス。
いつもどおりのタイラバ。

だが何も反応がない。
朝イチから正午前まで、何度も仕掛けを投下し、何度もハンドルを回した。

「流れはある」
「糸の角度も申し分ない」

それなのに、アタリすらない。

掛け損ないもない。
純粋に何も起きない時間が続いた。
そして、そのまま時間は流れていき、船長から終了のアナウンス。

問題は『釣れなかった』ではなく『自分だけ反応がなかった』こと

最終的に、この日の釣果はゼロ。アタリさえない一日だった。

問題は『釣れなかった』ではなく『自分だけ反応がなかった』こと。

視線を前方に向ければ、全く違う風景が広がっている。

自分より前方の釣り座では次々と竿が曲がる。

カンパチ、カサゴ、マダイにヒラメ。

「あの下には竜宮城でもあるのか?」

そう思えるほど前方だけ魚が上がっていた。

同じ船。

同じ潮。

同じ海況。

なのに別世界。

「この差はなんだ」

悔しさというより、戸惑いと混乱だった。

混乱の末、いじめられているカメがいないか本気で探した。
今ならまだ間に合う。
助ければ竜宮城に招待してもらえるかもしれない。

それくらい意味が分からなかったのだ。

座席による差は大きかった

前から1~3番。この日の「当たり釣り座」。
対して、私を含む4~8番の後方グループ。
ここはほぼ沈黙だった。
複数枚どころか、一尾すら上がっていない。
たしかにこの日は前寄りに船が流れ、ポイントには前方から入る状況ではあった。

「釣り座の影響が大きい日だった」

その時はそう考えた。
潮当たりの違い、流れの位置。
船の位置関係が釣果を大きく左右するのは、タイラバ釣りでは周知の事実だ。
だからこそ、座席の良し悪しで釣果が変わるのは珍しくない。

その時は、それで納得していた。

当時の自分はこう考えた

「座席が悪かった」

それが最初の結論だった。
前方の好釣果を見て、後方のボウズを見て。
その落差を説明する最も簡単な理由。
タイラバ釣りで座席差が大きいのは、誰もが知っている常識だ。
だからこそ、その説明で納得しようとしていた。

そして自分を納得させる強い言い訳がもう一つあった。

「船酔い」

そう、おなじみの船酔いにより的確に仕掛けを変えられない時間帯があった。

とはいえ、大半の時間帯において仕掛けは間違っていない。
巻き方も間違っていない。
タナも適切に取っていた。
ハンドルの回転速度だって、周囲を参考にしながら調整していた。
だから釣果が出なかったのは、自分の技術や仕掛けの問題ではなく、単純に「座席に恵まれなかった」という結論だった。

「次回こそは釣れるだろう」

そう思いながら、この日の記憶を仕舞い込んだ。

今振り返ると

あの日の帰路、私は「座席に恵まれなかった」という結論で納得していた。

それは、ある意味では正解だったのかもしれない。
実際、前方と後方の釣果差は歴然としていた。
潮当たりの良し悪しが大きく影響するのは事実だ。

だが——。

今思い返すと、その説明だけでは腑に落ちない部分もある。

アタリがゼロという事実。これが引っかかるのだ。

一尾、二尾なら「偶然が重なった」と説明できる。
だが、この日の私は違った。

アタリすら感じない。掛け損ないもない。完全な沈黙。
同じ船に乗っている。同じ潮に流されている。同じ水深を狙っている。
それなのに、なぜ周囲とこうも差が出るのか。

「座席だけで説明できるのか」

その問いが、帰宅後から心の隅に引っかかり始めていた。

そしてもう一つ。

「いくら釣り座に恵まれなくても、何とか打開する手はなかったのか?」

こんな思いが自分を次の釣行に駆り立てていくのだが、
その結果は・・・。

次回釣行へ

少し開いてしまったが、次回5月30日に再びタイラバ釣行に向かうこととなった。
 釣り座の問題
 船酔いの影響

私はそう結論づけていた。

だが5月30日。

その言い訳はすべて通用しなくなる。

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